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TORを読み解く技術:国際開発プロジェクトの設計に活きる現場からの考察

Photo taken by Kazuko Yoshizawa

著者:吉澤和子(Kazuko Yoshizawa)プロフィール

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プロジェクトの依頼と目的

2016年春、WHO東南アジア局本部よりコンサルタントとしての依頼があり、これを引き受けた。その依頼内容は、東ティモールの保健省が実施する「国が直面している栄養改善を目的とし、保健省のキャパシティ・ビルディングのための計画を策定すること」であった。

このプロジェクトの出発点となったのが、TOR(Terms of Reference:業務実施要領)である。このような場合、TORとは言い換えれば業務の背景、目的、範囲、成果物、スケジュール、報告方法などを明示した文書であり、国際機関のプロジェクトにおいては業務委託や技術支援を行う際の基本文書として不可欠なものである。

東ティモール:背景と課題

読者の中で、東ティモールという国を知っている人は多くないであろう。外務省のサイトの情報では、正式には東ティモール民主共和国と呼ばれる。首都はディリで、ポルトガル・インドネシアの植民地時代を経験している。地理的にはインドネシアの南東端にあり、オーストラリアのダーウィンまで約300キロのところに位置している。1970年代から続いた長い統治国との紛争後、2002年5月20日独立。2016年の人口統計では、四国と同じくらいの面積の国土に100万人強の国民が暮らしており、首都ディリに約20万人が集中している。

筆者は2006年の独立に関連する暴動の報道により、東ティモールの存在を知った。それから10年後の2016年7月現地入りしたのであるが、着任後数日で、長きにわたる植民地時代の影響が今なお色濃く残っていることを実感した。さらに 、地理的に近いということもあり、オーストラリア政府や国際NGOによる援助が、国の運営において重要な位置を占めていた。この国につての情報は、現地に行かないと分からないことが多かった。

TORを読み解き、プロジェクトを形にする

国連の専門家としてプロジェクトに関わる際には、必ず付託条項(Terms of Reference:TOR)が発行される。TORはすでに述べた通り、プロジェクト実施の基本文書であり、方向性と成果指標(KPI)を示すものである。

特に今回のような公衆栄養改善プロジェクトでは、TORをどれだけ正確に読み解き、その意図を汲んで具体的な行動計画へと落とし込めるかが、プロジェクトの成否を左右する。TORに明記された目的や活動内容は一見明確に見えても、現場の文脈に照らして再解釈する必要があることが多い。

私が受け取ったTORには、東ティモール国の保健省が2017年から2年間にわたり実施を予定している、公衆栄養改善プロジェクトの計画・策定が依頼されていた。着任後すぐに、WHO東ティモール事務所の現地スタッフから業務の説明を受けたが、TORの記載と現場の期待との間には微妙なギャップも存在していた。

TORは文書としての完成度だけでなく、それを読み取る側の「文脈理解力」や「実行力」がなければ、形だけの計画で終わってしまう。依頼文をただなぞるのではなく、意図をくみ取り、現地の実情に即した形で具体化することが求められる。TORとは、完成形ではなく出発点なのだ。

ODAと人材育成の重要性

私は初めてこの計画が日本政府(大使館)の依頼に基づくものであることを知った。そのためなぜキャパシティ・ビルディングが重要なのかが理解できた。日本の政府開発援助(ODA)の目標は、この国の持続可能な発展に人材育成が寄与するからである。私は日本から受け取ったTORに基づき、2週間の滞在中にプロジェクト計画の草案を策定し、帰国前にWHO本部と現地事務所に提出しなければならなかった。

現地データ分析と課題の発見

私が現地に着任後、WHO事務所の担当者から概要説明を受けた後、政府や国連が行った調査資料を受け取った。資料の中には有用なものとそうでないものがあり、全体的に質のばらつきがあったデータである印象を受けた。現地に長く滞在していると、WHO本部からの連絡で世界銀行の報告書が存在することが分かった。想定していたように世界銀行の報告書には質の高いデータが含まれており、SDGs(持続可能な開発目標)を考慮した内容であった。この報告書を手に入れたことで、仕事がスムーズに進んだ。私は情報を自ら積極的に収集する必要性を強く認識するに至った。。また、現地で得た調査結果が本部と現場で情報共有が不十分に見える場面があった。

SDGsに沿った計画設計

国連の活動は、SDGsの目標達成に貢献しなければならない。したがって、私が提案する計画は短期的な活動でもSDGsに寄与できることが前提条件である。政府や国連が行った調査資料を分析し、東ティモールの現状とニーズを理解した。プロジェクト計画の策定にあたり、予算が無限ではないので、SDGsに大きく貢献する活動を優先的に取り入れることである。

計画の科学的根拠

与えられたミッションでは、プロジェクト計画には栄養分野だけでなく関連分野も考慮する必要があった。計画策定に関しては、科学的根拠となる情報を論文から抽出した。説得力がなければ、提案は受け入れられないためである。活動計画では、完全母乳の促進を含めた。東ティモールでは、政府がWHO及びUNICEFが推奨する完全母乳を普及に力を入れており、母乳育児は国連でもSDGsの戦略にもなっているためである。このため現地NGOに協力を依頼し快諾をえたためこの運動を計画の中にいれた。

成功の鍵:ステークホルダーとの連携

計画にはステークホルダーの意見を取り入れることが重要である。なぜなら、ステークホルダーはそのプロジェクトに直接関わる当事者だからである。彼らの視点や期待を理解しておかないと、計画は実現困難なものになる。帰国前日には、ステークホルダーとの会議を開催し、計画内容をプレゼンテーションした。この場で、ステークホルダーからのフィードバックや質問を受け止め、計画内容やプロジェクトのインパクトについて詳細な説明を行い、彼らの信頼を得る努力をした。それを元に計画を修正した。帰国後、修正を重ねた計画をWHO本部に提出した。

援助機関との調整と協働

TORには、他の援助機関との調整や重複の回避に関する指示も明記されている。現地での活動の整合性を保つためには、このような事前のガイドラインが極めて重要である。東ティモールのような国際社会から援助を受ける機会が多い国では、多くの国際援助機関が活動している。活動内容については大抵の場合、活動が重複しがちである。このため国連は活動の重複を避けるための調整を推奨していた。フィールドでは専門家も自らが調整しながら仕事をしなければならない。

他の組織の活動と重複しないことを確認し調整するために、東ティモールの保健省内の関連部署、農業省、通商省、EU、ユニセフ、国際NGOsなどの組織のトップに直接会って確認する必要があった。面談からは、各機関の活動の状況が分かり、WHOが参入すべき方向を見つけることができた。

TORに記された業務を円滑に遂行するためには、現地WHO事務所の全面的な協力が不可欠である。TORが示す業務内容に沿ってアポイントメントの調整や情報収集をサポートしてもらうことで、短期間で成果物を提出することが可能になる。

プロジェクトの背景と課題

現地に到着した時、東ティモールではすでに多くの国際援助機関が実績を上げている状況だった。 後から参入するWHOの存在価値を示すためには、他機関が手をつけていないニッチな分野に焦点を当てる必要があると感じた。 WHOの役割は「技術移転」による実質的な貢献であり、それを通じて現地でのポジションを確立することが求められていた。 そのために、既存の活動や状況を冷静に分析し、戦略的に計画を立てる必要があると判断した。

さらに、関係する国際機関や政府、現地関係者とのミーティングを重ね、WHOとして予定しているプロジェクト案を丁寧に説明した。 その過程で、他機関の取り組みとの重複や支障がないかを確認し、必要に応じて計画の調整も行った。 これにより、現地側の理解と信頼を得ると同時に、円滑な協力体制の構築が可能となった。 プロジェクトの実行にあたっては、現場の受け入れ可能性を常に念頭に置き、無理のない形で着実な実施を目指した。

WHOコンサルタントが実践した8つの具体的アプローチ

遅れて参入する立場を自覚し、戦略的に動く
既に他の援助機関が多くの実績を上げている中で、後発であるWHOの独自性を打ち出す必要がある。

他の組織の活動と重複しないことを確認し調整するために、東ティモールの保健省内の関連部署、農業省、通商省、EU、ユニセフ、国際NGOsなどの組織のトップに直接会って確認する必要があった。面談からは、各機関の活動の状況が分かり、WHOが参入すべき方向を見つけることができまた。

他機関が未対応のニッチ分野に焦点を当てる
WHOの技術的専門性を活かし、空白領域に貢献することで存在意義を示す。

「技術移転」というWHOの使命を明確にする
単なる支援ではなく、持続可能な現地の能力強化に貢献する。

既存の活動と環境を冷静に分析する
他機関の取り組み、現場の状況、制度面などを総合的に把握し、実行可能な計画を立案する。

戦略的かつ柔軟に計画を立てる
現地の変化に対応しながら、成果につながる道筋を設計する。

ステークホルダーと積極的に連携し調整を図る
プロジェクト内容を説明・共有し、重複や摩擦がないよう調整。相互理解のもとでの協働体制を構築する。

現場の受け入れと理解を得ながら実施する
現地の実情に即し、無理のない方法で活動を進めることで、持続可能性と信頼を確保する。

国連のプロジェクト計画のポイントとフレームワーク

この記事では、国連のプロジェクト計画策定で押さえておくべきポイントを紹介した。ただし、これらのポイントは、プロジェクトの分野や与えられる予算に応じて異なることを理解しておく必要がある。各ポイントは相互に関連しながら、全体として包括的な改善を促進する。今後は、これらの実践を通じて具体的な課題解決と成長を目指し、さらに深化させていくことが必要である。

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