トランス脂肪酸の規制と禁止に関する国際的な動向と現状
米国では2018年6月よりトランス脂肪酸の食品に使用することが法律で禁止されている。実施にいたるまで3年の月日が経っている。米国食品医薬品局(FDA)がトランス脂肪酸が「安全な食品(generally regarded as safe: GRAS)食品」ではないと定義づけ2015年6月食品への添加を 3 年で禁止すると発表した。
現在トランス脂肪酸の食品への使用を規制している国は多い。しかし欧米の国の中では米国の規制は遅かった。2018年5月14のThe New York TimesはWHOのトランス脂肪酸への取り組みを大きくとりあげており、2023年までに世界の食料供給において、工業的に製造されたトランス脂肪使用を禁止する。トランス脂肪酸使用については現在2つの方法がある。一つは栄養成分表示ともう一つは食品への使用禁止である。2021年10月現在、日本では使用は禁止されておらず栄養成分表示にも至っていない。
トランス脂肪酸の製造方法と、その広範囲な使用について
工業的には、トランス脂肪酸は植物油に水素添加することで得られる。水素添加されると液体油から個体油になる。この油が広く使用されるようになった背景として、揚げ物をするときなど、油が酸化がされにくいことで長く使用できるためコストを抑えることができること、運搬が便利であることなどがあげられる。また、トランス脂肪酸で食べ物を揚げると味が良くなるとも言われている。
トランス脂肪酸の規制につながった3つの研究論文
世界的にトランス脂肪酸の規制が進んでいる背景には、いくつかの研究論文が根拠となっている。この記事では、主に3つの研究論文を紹介する。
1つ目は、ハーバード大学の大規模なコホート研究を率いるWillett博士らが行った、食事由来のトランス脂肪酸と心疾患の関係についての研究です。この研究は1993年にThe Lancetで発表され、世界で初めてトランス脂肪酸が心疾患の重要なリスクであることが示された。研究方法として、米国で女性看護師8万5千人を1980年から8年間追跡する前向きコホート研究を用いた。統計解析により、トランス脂肪酸摂取量を5つのグループに分類し、最も高いグループと最も低いグループを比較すると、トランス脂肪酸摂取量が高いグループでは心疾患のリスクが50%高くなることが示された。このリスクは、他の考えられる交絡因子の影響を考慮しても変わらなかったと報告された。
2つ目は、同じ研究グループが行ったトランス脂肪酸と2型糖尿病の関係を検証する研究である。この研究は2001年にThe New England Journal of Medicineに発表された。この研究も同じく前向きコホート研究で、84,941人を1980年から16年間追跡調査した。解析の結果、トランス脂肪酸摂取が2型糖尿病のリスクを40%高めることが示された。
3つ目は、同じ研究グループが行ったトランス脂肪酸と心疾患の関係についての客観的な再評価である。この研究では、メタアナリシスを用いて過去に行われた複数の実験研究や観察研究で得られた高品質のエビデンスを用いて検証を行い、研究をまとめた論文は2009年にThe New England Journal of Medicineに掲載された。研究では、世界3か国の合計4つのコホートを合わせた139,836人を対象にプール解析を行い、トランス脂肪酸摂取と心疾患発症のリスクが24%高いことが明らかにした。研究では、重要な交絡因子の影響も考慮されている。
科学的エビデンスに基づく政策決定の重要性
1993年、ハーバード大学のWalter Willett教授が、世界で最も評価の高い医学雑誌のひとつであるランセット『The Lancet 』に論文を発表しました。その論文で、食事由来のトランス脂肪酸が冠状動脈心疾患のリスクを高めることが示された。その後、米国では食品へのトランス脂肪酸の使用禁止までに長い時間がかかったが、ヨーロッパの国々では早くから食品への使用規制が導入された。
この違いは、政策策定に関わる人のエビデンスリテラシーに大きく関係していると思われる。エビデンスリテラシーとは、科学的なエビデンスに基づいた意思決定の能力を指す。エビデンスリテラシーが高い学者は、科学的な知見を素早く理解し、政策に反映させることができる。そのため、ヨーロッパの国々では、政策決定においてエビデンスがより重要な役割を果たしていると言える。これは日本の場合においても同様である。
今後も、科学的なエビデンスを適切に活用し、健康を守る政策が必要である。この点について、理解が深まることを願う。
主な参考資料
Willett WC, Stampfer MJ, Manson JE et al. Intake of trans fatty acids and risk of coronary heart disease among women. Lancet 1993; 341, 581-585.
Hu FB, Manson JE, Stampfer MJ et al. Diet, lifestyle, and the risk of type 2 diabetes mellitus in women. N Engl J Med 2001; 345, 790-797.
Mozaffarian D, Katan MB, Ascherio A, Stampfer MJ, Willett WC. Trans fatty acids and cardiovascular disease. N Engl J Med. 2006; 354(15): 1601-13.
著者 吉澤和子プロフィール
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