執筆:吉澤和子Kazuko Yoshizawa
「5歳未満の子ども」が重視される理由
栄養不良率が示す開発の現実
「5歳未満の子ども」たちは、発育と生存の両面で最も脆弱な集団であり、栄養状態は社会全体の開発レベルを反映する指標として重要です。途上国では、5歳未満児の「発育阻害(stunting)」や「消耗症(wasting)」率が依然として高く、SDGsの指標にも設定されています。
GDPでは見えない社会的脆弱性
一人当たりGDPが上昇していても、栄養指標が改善しない国は多く、経済成長だけでは説明できない格差や制度的脆弱性が存在します。特に栄養は保健、教育、ジェンダーなど他部門との連携が必要で、開発の「質」を測る指標として注目されています。
栄養不良とその背景
世界の栄養不良の現状
UNICEFやWHOの報告によれば、世界では約1億4,000万人の5歳未満児が発育阻害(stunting)に直面し、さらに4,500万人以上が消耗症(wasting)に苦しんでいます。これらの栄養不良は、子どもの命に関わる深刻な問題であるだけでなく、認知発達の遅れや、将来的な学力・収入の低下にも大きな影響を与えます。
UNICEFが主導した「栄養不良と規定要因モデル」とは?
栄養不良率の抑制に向けて、国際連合は多くの研究を重ね、有効な介入方法に関する知見を蓄積してきました。特に1980年代後半には、国際連合児童基金(UNICEF)を中心とする団体が「栄養不良と規定要因の概念モデル(Conceptual Framework of Malnutrition)」を提唱しました。
このモデルは、栄養不良を単に生物学的な問題として捉えるのではなく、政治・社会・経済的発展の欠如や文化的背景など、多様な要因が複雑に絡み合っていることを示しています。すなわち、栄養不良は個人レベルの問題に留まらず、社会構造全体の課題でもあるという視点です。
この包括的なアプローチは、一時的な対症療法にとどまらず、根本的な原因に働きかける長期的な解決策を導くための重要な枠組みとなります。そのため、各国や援助機関は状況に応じて、短期的および長期的な介入策を柔軟に組み合わせていく必要があります。
国際機関の栄養不良対策アプローチ
このアプローチは、単なる一時的な対策ではなく、栄養不良の根本的な解決を追求する観点から重要です。そのため、具体的な問題に応じて、短期的または長期的な介入策を選択する必要があります。 国際連合児童基金(UNICEF)、世界保健機関(WHO)、国連食糧農業機関(FAO)などは、「5歳未満のこども」の栄養改善を目指した介入プログラムを策定する際に、このモデルを参考にしています。これらの機関は、時代に合わせてアプローチを調整し続けてきましたが、根本的な考え方や原則は変わっていないことを指摘しておきます。
母親のリタラシーがこどもの栄養と健康を守る鍵
こどもは、母親のケアがなければ健康に成長しません。母親が子供の成長に不可欠な知識やスキルを持っていることは、明白です。そのため、母親の字が読めること、すなわちリタラシーが非常に重要な意味を持つのです。 「栄養不良と規定要因概念モデル」において、母親のリタラシーは栄養不良の予防において不可欠な要因として位置づけられます。母親が字を読むことができる場合、予防接種や適切な離乳食を提供する重要性を理解し、日常の生活の中でそれを実現する努力をする可能性が高まります。母親の教育が向上することで、こどもたちの健康状態が向上し、栄養不良率の低下につながるのです。 我々は母親のリタラシー向上に向け、積極的な支援を提供すると同時に、その価値と重要性を広く認識していく必要があります。母親のリタラシーは、健康な未来の礎を築くために不可欠なステップです。それを実現するために、我々は協力し、教育への投資を奨励し、持続可能な未来を築かなければなりません。
感染症予防に不可欠な母親のリタラシー
感染症は、こどもの栄養不良につながる大きなリスクである。栄養状態が悪いとは、感染リスクが高まり、栄養不良リスクを押し上げる。多くの感染症は、ワクチンで予防可能である。ワクチンは非常に費用対効果の高い予防方法である。 ワクチン接種率向上には、母親のリタラシーが必須である。そのために国連は母親の識字教育にも力をいれている。母親が字を読めれば、予防接種の重要性を理解し、こどもを感染症から守るために、多忙な日常生活のなかでも、予防接種を受けさせることに努力するかもしれない。
ジェンダーと社会
母親がこどもへのケアに時間とエネルギーを割くことができる条件の1 つに、社会や家族の配慮が必要である。これが不充分なのは、社会、夫を含む家族の教育レベルの低さが関係していると言われている。こういった欠点に対応するためにジェンダー教育が必要になってくる。
生存率と離乳食
離乳食の正しいやり方は子供の感染症や下痢を予防することができる。UNICEFの「世界子供白書2019」は、生後6カ月前後で乳児が離乳食に移行する中で、適切な食べ物が与えられていないことが多いと指摘している。これはこどもの重度の栄養不良は死につながる。母親の離乳食の知識があれば、適切なケアにつながる。
ヘルス・サービスへのアクセスを支援する
子供の栄養不良率の軽減のためにはヘルス・サービスへのアクセスへの有無が大きな要因である。僻地に住んでいるため利用出来ないことはよくある。しかし地理的には問題がなく、アクセス手段があるにも拘わらずサービスを受けられないことがある。しかしこのような状況下でも、母親のリタラシーがこどもの生存につながり易い。僻地における地理的な医療へのアクセスを解決するには、別の方法が必要である。
まとめ
「5歳未満の子ども」の高い栄養不良率を下げるための効果的な介入方法について、国連は多くの研究を行ってきた。国連が介入することで、効果がある要因について多くのことが分かっている。多くの研究や調査をもとに、1980年後半、国連(主にUNICEF) は「栄養不良と規定要因概念モデル」を策定し、栄養改善のための介入プログラムの根拠として用いてきた。UNICEFが母親の識字教育にも力をいれてきたのは、このような背景があるからである。
参考資料
UNICEF, The State of the World’s Children, 2019 Kazuko Yoshizawa “Research on Poverty Assessment Methods and Indicators Focusing on the Nutrition” JICA, 2000 (in Japanese).