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【 貧困の経済学】| Amartya Sen アマルティア・セン

Photo by Emily Karakis on Unsplash

はじめに

2021年6月に発行された“The Harvard Gazette”の記事には、1998年ノーベル経済学賞受賞者アマルティア・セン(Amarty Sen)の最近の動向についての内容があり、彼が70年近くにも亘る充実した研究生活を続けていることが分った。そのなかで、彼の新しい著書「Home in the World: A Memoir」が、7月に英国と米国で出版された。センはGazetteのインタビューで、「興味のない仕事をしたことは一度もない」と答えています。この記事では、センの研究との出会いについて解説したいと思う。

アマルティア・センの考え方との出会い: 貧困と飢餓の経済学

長い間、開発問題に興味を抱きながらも、学問として、特にアジアやアフリカの国での貧困や飢餓問題に興味をもったのは、アメリカ留学時の経験がきっかけであった。ハーバード大学で博士号を取得し、アジアやアフリカの国のフィールドを経験したのち、23年後に母校へ客員研究員として戻ってきた際、この大学の学術環境にあらためて感銘を受けた。

ハーバード大学は学部や学科を超えてキャンパス全体で情報を共有する機会が多く、メディアの一つがHarvard Gazetteである。このメディアは定期的に回覧され、キャンパスで起きている出来事や興味深い記事が豊富に掲載されている。センの研究に対する私の関心は、1988年のコーネル大学修士課程に在籍していた時、履修した授業の課題として読んだ論文に強い印象を受けたことがきっかけである。

アマルティア・センの研究は経済と哲学の融合

アマルティア・センの研究は、経済と哲学の融合が特徴的である。通常、多くの経済学者は世界で起こっている出来事の説明と予測に焦点を当てることが一般的であるが、センは異なるアプローチを取り、経済学と哲学を組み合わせて、現実がどのようにあるべきかに注意を向けたことだ。彼のこの独自のアプローチは、福祉経済学の理論と福祉の測定に関する研究において、1998年にノーベル経済学賞を受賞することとなった。センの初期の研究は、特に植民地時代のインド社会における不公平に焦点を当てたものが多く含まれている。

飢餓と貧困の関係を理解するためのケイパビリティ・アプローチ

<>飢餓についの研究と人々の幸福を正確に評価する研究で、経済学者は収入だけでなく、情報を考慮する必要があるという新しい見解を示し、開発経済学と福祉経済学の考え方を変えた。これは、“Capability Approach”(ケイパビリティ・アプローチ)として知られている。政策が個人の人生の機会にどのように影響するかについての研究である。

センの研究は、国連の政策策定において多く影響を与えてきた。人間の能力と自由の観点から開発を測定する 人間開発指数(Human Development Index:HDI)は、国連開発計画(United Nations Development Programme: UNDP) で使用され始めた。現在では多くの国際機関でもPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルの評価で使用されいる。なぜならば、で信頼できる指標であるからだ。

また、彼はジェンダー研究も行っており、インド社会では男女差により健康にも差があることを示し、子供の生存率や栄養不良率においてジェンダーが関係していることを明らかにした。これらの研究をもとに国連にジェンダー問題を提起した。

人間開発指数(Human Development Index, HDI)

HDIは、経済成長だけでなく、人間の生活の質や幸福度を測るための総合的な指標として用いられている。HDIは、アマルティア・センとマハブーブ・ウル・ハクによって提案された。彼らは1980年代初頭から開発経済学の分野で共同研究を行い、人間開発の視点を経済成長や所得だけでなく、人間の能力や自由、社会的な機会にも注目する必要性を提唱した。HDIは、国の平均寿命、教育水準、一人当たりの所得などを指標として用い、国や地域の人間の発展状況を比較するための基準となっている。

HDIの開発により、経済成長だけでなく、教育、健康、生活水準などの要素が含まれた包括的な指標が提供されるようになった。これにより、国や地域の人間の発展を総合的に評価し、政策立案や開発の促進に役立てることが可能となった。

アマルティア・センの研究との出会いは1980年代

私がセンの論文とはじめて出会ったのは、1980年代後半である。当時私はコーネル大学の国際開発学部修士課程に在籍しており、受講していた国際農業開発の授業の課題で彼の論文を読むことになった。どのジャーナルに掲載されていたのかは詳しくは覚えていないが、「ベンガルの飢餓」についての内容の論文をいくつか読んだ。センは、飢餓とは自然災害ではなく人災であることを証明したのである。当時、飢餓は自然災害で起きるものだと言われ、多くの学者はこれを信じていた。それを人災であることを原因づけたセンの手法に深い感銘をうけた。

センは、自分が育ったインドが植民地支配下にあったという経験を持っている。この経験が彼の研究テーマである「貧困の経済学」に大きな影響を与えた。インドでは長い間、社会的・経済的な不平等が深刻な問題として存在しており、センはこの不平等が人々の生活に、どのような原因と影響を及ぼすのかを特定し、理解することの重要性を強く感じた。

センの研究は、貧困問題に新しいアプローチを提供した。彼は自身の母国での経験から、不平等や社会的な制約が人々の生活にどのような影響を与えるのかを明らかにしている。センの研究は、貧困の経済学を通じて、社会的正義や人間の発展を促進するための取り組みを支えている。彼は稀有な学者であり、彼の研究は今でも貧困問題に取り組む人々にとって重要な指針となっている。

著者 吉澤和子 プロフィール https://libreriahealth.com/profile/

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