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乳幼児死亡の多くはなぜ栄養不良と関係しているのか ― 医療だけでは救えない命

ハーバード大学のキャンパスを歩く学生たち。博士号の知を社会実装へとつなぐ姿をイメージさせる風景。
Harvard Yard|著者(Kazuko Yoshizawa)が撮影

著者:吉澤和子(Kazuko Yoshizawa)プロフィール


Summary(日本語)

乳幼児死亡の多くは、下痢や肺炎などの感染症が直接の死因として記録される。しかし国際機関の評価では、これらの死亡の約45–55%に栄養不良が基礎的要因として寄与しているとされる。本稿では、栄養不良がどのように感染症の致死性を高め、なぜ医療介入だけでは死亡を十分に減らせないのかを整理する。栄養は医療の補助ではなく、命を守るための前提条件であり、政策投資の優先順位として再考される必要がある。

Summary(English)

Many under-five deaths are recorded as being caused by infectious diseases such as diarrhea or pneumonia. However, international assessments estimate that approximately 45–55% of these deaths are attributable to undernutrition as an underlying cause. This article explains how undernutrition increases the fatality of infections and why medical interventions alone are insufficient. Nutrition should be understood not as a supplement to healthcare but as a prerequisite for saving lives and a priority for policy investment.


はじめに:なぜ「死亡」と栄養を結びつけるのか

乳幼児死亡率は、保健政策の成果を測る最も重要な指標の一つである。多くの国で予防接種や医療アクセスが改善されてきた一方、期待されたほど死亡率が下がらない地域が存在する。その背景を理解する鍵が「栄養」である。栄養不良は、死亡統計の表に直接現れにくいが、命の行方を左右する決定的な要因である。

栄養不良は「直接死因」ではない

死亡診断書には、下痢、肺炎、麻疹といった感染症が記載されることが多い。栄養不良は、こうした直接死因ではないため、見過ごされがちである。しかし国際的には、栄養不良は「基礎的要因(underlying cause)」として位置づけられている。これは、栄養不良が感染症の発症や重症化、致死性を高めるという科学的知見に基づく。

「寄与率」という考え方

ここで重要なのが「寄与率(population attributable fraction)」である。これは、あるリスク要因がなければ防げた死亡の割合を示す概念である。WHOやUNICEFの推計では、乳幼児死亡の約45–55%が、栄養不良という基礎的要因に寄与しているとされる。言い換えれば、十分な栄養状態が確保されていれば、多くの命が救われた可能性があるということである。

医療介入だけでは救えない理由

抗生物質や点滴などの医療介入は不可欠であるが、栄養不良の子どもでは治療効果が限定的になる。免疫機能の低下、回復力の不足、合併症のリスク増大が重なり、同じ疾患でも死亡に至りやすい。つまり、医療は「最後の砦」ではあっても、「最初の条件」ではない。栄養改善なしに、医療だけで死亡率を大きく下げることは難しい。

政策としての示唆:命を守る投資とは

この事実は、政策の優先順位に明確な示唆を与える。医療施設の整備と同時に、妊産婦・乳幼児期の栄養改善に投資することが、最も費用対効果の高い死亡予防策となる。栄養は福祉ではなく、命を守るための基盤である。SDGsが掲げる「誰一人取り残さない」という理念も、栄養への投資なしには実現しない。

おわりに:次の記事へ

乳幼児死亡の多くに栄養不良が寄与しているという事実は、医療中心の発想を見直す必要性を示している。次回は、こうした死亡リスクの背景にある「4大栄養素欠乏症」に焦点を当て、なぜ特定の栄養不足が命と発達を阻むのかを具体的に考えていく。


Short Note(実務向け要約)

  • 乳幼児死亡の多くは感染症が直接死因
  • しかし約45–55%は栄養不良が基礎的要因として寄与
  • 栄養不良は治療効果を下げ、致死性を高める
  • 医療投資と同時に栄養改善への投資が不可欠

参考文献(任意)

  • UNICEF. The State of the World’s Children — flagship global report series on child survival and nutrition.
  • WHO. Global Database on Child Growth and Malnutrition — foundational global monitoring framework.
  • Black, R. et al. Maternal and Child Undernutritionfoundational Lancet series quantifying attributable fractions.

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