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KPIは必要だが、それだけでは足りない ― 国際開発プロジェクトにおける指標選定の判断

KPIと判断のバランスを示す図。数値指標と専門家の判断が補完関係にあることを表現した国際開発プロジェクトの概念イメージ。
KPI(数値指標)と、現場での判断や専門性との関係を概念的に示したイメージ。

著者: 吉澤和子(Kazuko Yoshizawa, Sc.D.)
栄養疫学者(Nutrition Epidemiologist)/グローバルヘルス・ニュートリション スペシャリスト
元WHOコンサルタント(公衆栄養政策および人材育成計画を担当)

はじめに

国連プロジェクトの計画策定において、私が最も慎重になるのは「どの指標を選ぶか」そのものではありません。
どの指標を、あえて選ばないか。 その判断に、最も時間をかけてきました。

PDCAやSMARTといった枠組みは、国際機関の現場ではすでに共有されています。指標を設定し、進捗を測り、成果を示すことは、説明責任のために不可欠です。
しかし実務の現場では、測れるものを選ぶ前に、測れないものをどう扱うかという判断が、計画の質を大きく左右します。

本記事では、WHOコンサルタントとして国家レベルの栄養プロジェクトに関与した経験を踏まえ、国際機関のプロジェクト提案における「指標選定の考え方」を、実践的なチェックリストとともに整理します。

PDCAを回す前に考える、指標選定の前提

国連や国際機関のプロジェクト提案書では、指標(インディケーター)の設定が成功を左右します。指標は、Plan–Do–Check–Act(PDCA)サイクルの各段階をつなぐ基盤であり、評価と改善の前提条件です。

ただし、PDCAは万能ではありません。どの段階で、何を測り、何を測らないかという前提が曖昧なままでは、PDCAは形式的に回るだけで、実質的な改善にはつながりません。

以下では、PDCAの各段階における指標の役割を、栄養不良改善を例に整理します。

PDCA(Plan–Do–Check–Act)の各段階において、指標(インディケーター)を意識することは非常に重要です。 むしろ、指標なしでは「計画の質を測れず」「実行の効果がわからず」「評価も改善も感覚頼み」になってしまいます。

それぞれの段階での指標の役割を整理すると、以下のようになります:

🔹 PLAN(計画)

  • 目的や目標を定量化するために指標を設定
  • 現状(ベースライン)を把握するためのデータ収集
  • SMARTな目標(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)を立てるために不可欠

例:
栄養不良改善 →「5歳未満児の発育不良率を〇%減らす」

🔹 DO(実行)

  • 活動が期待されるアウトプットやアウトカムに沿っているかを測定
  • 進捗を確認するためのプロセス指標を活用

例:
栄養教育の実施回数、母親の参加者数、栄養補助食品の配布件数

🔹 CHECK(評価)

  • 成果や影響を、事前に設定した評価指標で確認
  • ベースラインとの比較、目標とのギャップを分析

例:
発育不良の割合がベースラインと比べて5%減少したか?

🔹 ACT(改善)

  • 評価結果をもとに、修正・強化の方針を検討
  • 次のPDCAに向け、指標の妥当性も見直す

例:
補助食品の配布量は十分だが利用方法が適切でない → 家庭訪問によるフォローアップの強化を検討

つまり、指標はPDCA全体を貫く“軸”のような存在です。 プロジェクトマネジメントや提案書の精度を高めるうえでも、「いつ・何を・どう測るか?」を初期から設計に組み込んでおくことが、成功の鍵になります。

チェックリスト:現場で指標を選ぶときに確認した4つの視点

以下は、私がプロジェクト提案を作成する際に実際に用いてきた、指標選定の判断軸です。あなたのプロジェクトに合わせて、各項目をチェックしてください。

チェック項目 説明 確認
① 科学的根拠があるか? 指標が信頼できるエビデンス(学術研究、国際機関の基準等)に基づいているか 例:5歳未満児の発育不良率(WHO成長基準)、貧血率(Hb測定)
② SDGsと整合しているか? 栄養改善がSDG目標(特に2.2「すべての形態の栄養不良を終わらせる」など)に貢献しているか 例:SDG 2.2「子どもの低体重・発育阻害の削減」
③ 比較可能か? ベースラインとエンドラインで、同一の方法で測定・比較ができるか 例:介入前後での発育不良率の変化(%)、母親の知識スコアの推移
④ データ収集が現実的か? 現地での調査実施体制、費用、技術的・倫理的な制約に照らして実行可能か 例:既存の栄養調査との連携、簡易な質問票や測定ツールの活用(身長・体重測定など)

💡 使い方のポイント
各項目に✓を入れることで、指標の妥当性と実現可能性を確認できます。特に「④ データ収集の現実性」は過小評価されがちです。緊急支援などではHb測定のような指標が入手困難な場合もありますが、既存データがあれば活用し、代替指標も検討します。

1. エビデンスに基づく指標の重要性

プロジェクトの目的や成果に直結する、科学的根拠に基づいた信頼性の高い指標を選ぶことは、提案書全体の説得力を高めるうえで不可欠です。

例:
栄養改善プロジェクト ⇒ 栄養不良率(malnutrition rate)
公衆衛生プロジェクト ⇒ ワクチン接種率

2. SDGsに対応した指標選定

国連関連プロジェクトでは、可能であればSDGsに対応した指標を選ぶことで、国際的な一貫性と評価の受け入れやすさが向上します。

例:
SDG目標2「飢餓をゼロに」
・5歳未満児の栄養不良率
・低体重児の出生率

3. 成果を的確に示す指標の条件

成果を明確に示すには、「目的に直結し、介入前後の比較が可能」な指標が望ましいです。

例:
・栄養不良の分類(軽度・中程度・重度)
・治療完了者の割合
「5歳未満児の中程度栄養不良率が30% → 15%に改善」

東ティモールでの事例:
プロジェクトプロポーザルでは、5歳未満児の栄養不良率を介入前後で比較するための主要指標の一つとして導入しました。ただし、その指標だけでプロジェクトの価値を語らないことを、設計段階から意識していました。

4. コストパフォーマンスを意識した指標選定

指標は、現場でのデータ取得が現実的かつ費用効率的であることも重要です。

例:
・WHO、UNICEF、国勢調査などの既存統計の活用
・任国政府や国際機関が実施したサーベイ(世界銀行など)データの活用

注目ポイント:
未公表の現地データも活用できる可能性があります。現地の専門家や関係機関との連携が、指標選定と実装可能性を左右します。

国連プロジェクトでは、限られた予算と期間の中で、 どの指標を選び、どの成果を短期評価から外すかという判断が求められます。 この点については、約2億円の国家栄養計画を設計した際に、最初に捨てたKPIについて別記事で整理しています

まとめ:指標選定は「正解探し」ではない

プロジェクトの信頼性を左右する「指標選定」は、評価・報告・提案・改善のすべての段階で中心的な役割を果たします。

確認すべき4つの視点:

  • ✅ 科学的根拠に基づいた信頼性のある指標
  • ✅ SDGsとの整合性
  • ✅ 比較可能で定量的な成果測定が可能な指標
  • ✅ コスト効率とデータ取得の現実性

ただし、これらの条件を満たす指標であっても、
人材育成や制度の変化といった本質的な成果を短期で捉えることはできません。
それを前提に設計すること自体が、国際開発プロジェクトでは重要な判断になります。

指標は、判断を代替するものではありません。判断を支えるための道具として、どこまでを測り、どこからを測らないかを引き受けること——それが、国際開発の実務において求められる姿勢だと考えています。


著者: 吉澤和子(Kazuko Yoshizawa)

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