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国際学会発表の最新動向:ポストコロナ時代の変化と戦略

A Zoom online meeting screen. Participants from remote locations are engaged in a discussion. Photo: gabriel-benois-unsplash
Online Presentation at a Hybrid Conference. Photo: Gabriel Benois

執筆:吉澤和子(Kazuko Yoshizawa, Sc.D.) ― 栄養疫学者/グローバル・ヘルス・ニュートリションスペシャリスト

本記事は、パンデミック期における国際学会のオンライン化を、実務者の視点から記録したものである。これは一時的な出来事ではなく、今後の学会運営や研究発表の在り方を考える上での重要な参照点となる。

現在、国際学会は対面とオンラインを組み合わせたハイブリッド型へと移行しつつある。オンライン発表は「非常時の代替手段」ではなく、地理的・経済的制約を超えて研究成果を共有するための恒常的な選択肢として定着し始めている。

一方で、対面での偶発的な出会いや深い議論が生まれやすいという価値も依然として大きい。だからこそ、パンデミック期の経験を「なかったこと」にせず、どの技術が研究者の発信を支え、どこに限界があったのかを記録として残すことには意味がある。本稿が、国際学会の設計と研究発表の未来を考える小さな手がかりになれば幸いである。


執筆:吉澤和子(Kazuko Yoshizawa, Sc.D.) ― 栄養疫学者/グローバル・ヘルス・ニュートリションスペシャリスト
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執筆:吉澤和子(Kazuko Yoshizawa, Sc.D.) ― 栄養疫学者/グローバル・ヘルス・ニュートリションスペシャリスト

※本記事は、2021年以降に急速に進んだ国際学会のデジタル化を、研究者として実際に参加・発表した経験から整理した「過渡期の記録」です。現在では一部の点で状況がさらに進化していますが、本稿は、オンライン/ハイブリッド学会が定着していく初期段階を理解するための資料として位置づけています。

本記事は、2021年に執筆した「オンライン学会の進化」の続編にあたります。過去記事はアーカイブとして以下に残しています。
オンライン学会の進化:アメリカ栄養学会の事例から(2021年版・アーカイブ)

はじめに:国際学会はどのように変わったのか

著者は2017年から2023年にかけて米国で研究活動を行う中で、ヨーロッパや中近東における国際学会での発表に複数回招待された経験がある。主催者からは対面参加を希望され、渡航費等の負担の申し出もあったが、時間的コストや研究活動との両立を考慮し、オンライン発表を選択することも少なくなかった。

当時、オンラインで国際学会に参加・発表できる環境は、研究者にとって大きな変化であり、新しいシステムへの感謝と同時に、対面での交流を重視する主催者側の価値観にも触れる機会となった。新型コロナウイルス感染症の流行から数年を経て、国際学会は急速にデジタル化を進め、その形式や意味合いも大きく変化している。

ハイブリッド型学会の普及

現在、多くの国際学会では、対面参加とオンライン参加を組み合わせたハイブリッド型が標準的な形式となっている。これにより、地理的・経済的制約を超えて、世界中の研究者が同じ学術空間にアクセスできるようになった。

特に、研究費や渡航制限の影響を受けやすい若手研究者や低・中所得国の研究者にとって、オンライン参加の選択肢は学術コミュニティへの参入障壁を下げる役割を果たしている。一方で、対面での非公式な交流やネットワーキングの価値が改めて意識されるようになり、学会の設計自体が問い直されるようになった。

技術の進化と研究発表の変化

学会における研究発表の形式も大きく変化している。従来のポスター発表や口頭発表に加え、ePoster(電子ポスター)やオンデマンド配信、録画視聴が一般化したことで、研究成果の提示方法はより多様になった。

これにより、参加者は時間や場所の制約を受けずに発表内容にアクセスできるようになり、学習機会は拡大した。一方で、「どの研究が注目され、どの研究が埋もれていくのか」という評価のあり方は、従来とは異なるロジックで動き始めている。

新たな交流の形と、その限界

チャット機能、Q&Aセッション、ブレイクアウトルームなど、デジタルツールを活用した交流は、参加の敷居を下げ、心理的安全性を高める側面がある。特に国際学会では、言語や文化の違いを越えたコミュニケーションの機会が広がった。

一方で、偶発的な出会いや非公式な議論といった、対面学会ならではの価値を完全に代替することは難しい。デジタル化は万能ではなく、何を補い、何を失っているのかを意識的に捉える必要がある。

学会のデジタル化と研究ガバナンス

現在、国際学会のデジタル化は、単なる利便性の問題にとどまらず、研究評価、参加機会の公平性、説明責任(accountability)といったガバナンスの課題と深く結びついている。学会の形式そのものが、「誰の研究が可視化され、誰が評価されるのか」を左右する制度的装置になりつつある。

これは、研究成果の質そのものだけでなく、発表形式やアクセス条件が評価に影響を及ぼす時代に入ったことを意味する。国際学会はもはや単なる発表の場ではなく、研究評価のエコシステムの一部として再定義されつつある。

まとめ:過渡期の記録として残す意味

国際学会のデジタル化は、新型コロナウイルス感染症を契機に急速に進展し、現在も進化の途上にある。本記事は、その初期段階から現在に至る変化を、研究者としての経験を通じて整理した過渡期の記録である。

今後、学会の形式はさらに変化し続けるだろう。しかし、その変化を理解するためには、「どのように始まり、何が課題として残ってきたのか」を振り返る視点が不可欠である。本稿が、国際学会と研究評価の関係を考える際の一つの手がかりとなれば幸いである。

なお、パンデミック期(2022年)における米国栄養学会のオンライン発表の実例については、 こちらのアーカイブ記事 で現場視点から記録しています。

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