Since May 2020

TORの善し悪しは 評価指標が事前に設計されているかどうかで決まる

ハーバード大学のキャンパスを歩く学生たち。博士号の知を社会実装へとつなぐ姿をイメージさせる風景
Harvard Yard|著者(Kazuko Yoshizawa)撮影

執筆:吉澤和子(Kazuko Yoshizawa, Sc.D.) – 栄養疫学者; グローバル・ヘルス・ニュートリション・スペシャリスト; Founder & CEO, KYRA Inc.

国連や国際機関のプロジェクトに関わると、必ず目にするのが TOR(Terms of Reference)です。TORはしばしば「業務内容をまとめた文書」や「契約条件の一部」と理解されがちですが、実務の現場ではそれ以上に重要な意味を持ちます。本記事では、実務経験の視点から、良いTORと悪いTORの決定的な違いについて解説します。

【日本語サマリー】
良いTORと悪いTORの違いは、文章量や丁寧さではありません。決定的な差は、そのTORが「評価されること」を前提に設計されているかどうかです。本記事では、評価指標の位置づけに注目しながら、実務の現場で実際に起きやすい問題と、その構造的背景を整理します。

【English Summary】
The key difference between a good TOR and a poor one is not its length or level of detail, but whether it is designed with evaluation in mind. This article explains, from a practitioner’s perspective, how unclear evaluation criteria can undermine project outcomes and why well-designed TORs integrate evaluation logic from the outset.

良いTORと悪いTORの決定的な違いは、どこにあるのか

結論から言えば、良いTORと悪いTORの決定的な違いは、文章の丁寧さや分量ではありません。そのTORが、後から評価されることを前提に設計されているかどうかにあります。

実務の現場では、「よく書けているように見えるTOR」が、必ずしも良いTORとは限らない場面を何度も目にします。背景説明は十分で、活動内容も詳細に列挙されている。それでもなお、プロジェクトの終盤で評価が難航するケースは少なくありません。

一見よく書けている「悪いTOR」の特徴

悪いTORに共通するのは、研修の回数、会議の開催数、報告書の提出といった活動(output)は明確に示されている一方で、それらがどのような変化や改善につながるのか、そして何をもって成功と判断するのかが曖昧な点です。

評価指標が明示されていない、あるいは形式的に列挙されているだけの場合、プロジェクト終了時に「成果が見えにくい」「期待したインパクトが確認できない」といった評価が後出しでなされることになります。その結果、実施者と評価者の間に認識のズレが生じやすくなります。

良いTORは「評価から逆算」されている

一方、良いTORには共通した構造があります。それは、評価の視点が最初から組み込まれているという点です。良いTORでは、目的、活動、成果、評価の関係が一貫したロジックで整理されています。

評価指標が必ずしも完璧である必要はありません。重要なのは、なぜその指標を選んだのか、何が分かり、何が分からないのかを説明できることです。この説明可能性が、評価者との信頼関係を支え、プロジェクト全体の透明性を高めます。

評価指標が曖昧なTORがもたらすリスク

評価指標が曖昧なTORは、実施者だけでなく、組織やドナーにとってもリスクとなります。プロジェクト評価が形式的になり、学びが残らず、次の案件に活かせないという問題が生じます。

国連や国際機関のプロジェクトは単発で終わるものではありません。だからこそ、「何がどこまで達成されたのか」を説明できる設計が、TORの段階から求められるのです。

TORは業務指示書ではなく、評価設計の一部である

実務経験を通じて強く感じるのは、TORは単なる業務指示書ではなく、プロジェクト全体の評価設計の一部であるという点です。良いTORは、実施者と評価者が共通の理解を持ち、成果について建設的に議論できる土台をつくります。

TORを読むとき、あるいは作成するときには、「このTORは評価の問いに耐えられるか」という視点を持つことが、プロジェクト成功への重要な一歩となります。

この記事は、国連・国際機関プロジェクトにおけるTORおよび評価設計の実務経験に基づき、吉澤和子(Kazuko Yoshizawa, Sc.D.)(グローバル・ヘルス/ニュートリション・スペシャリスト)が執筆しました。
© 2025 Kazuko Yoshizawa. All rights reserved.

コメント